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mahalo




Elseおばちゃまがお亡くなりになった。

頭が真っ白になった。

血の気が引いていくのが分かる。


覚悟してはいたけれど、そう、現実になったのね…


ワタクシたちはいつもエルシーちゃんとお呼びしていた。

ホクショー母の学生時代からの数少ない親友。


ホクショーにとってはもう一人のママ。


サンタバーバラに居た頃、大学がお休みになると必ずKonaのお家に「I'm home, Mom!!」と、飛んで行った。


1ヶ月でも2ヶ月でも好きなだけ居候をして、学校が始る頃「じゃあ、行って参りまーす!!」と勝手気ままなワタクシを、いつも優しく送り出して下さった。


エルシーのお料理、パッチワーク、ニッティングの腕は当にプロ。

毎日色々なお料理を教えて頂いた。


そして、毎夜ラナイのテーブルでこの世のものとは思えぬ程美しい、Konaサンセットを眺めながらお食事をした。





色々なお話しをして、オジちゃまと3人、いつまでもサンセットを眺めたものだ…

双眼鏡で遥か彼方のカヌーの練習風景を見るワタクシに、


「私が亡くなったら、Konaサンセットの時に散骨して欲しいのよ…」と、お話しされていた。

そんな日が訪れるなんて、微塵も考えていなかった。


時は確実に進んでいたのか…


今ではちょっとしたお金持ちなら興味のある世界的セレブブランド数社の代表を務めていらしたKennyオジちゃまのご夫人として、東京時代はそれは華やかな毎日を過ごしていらしたエルシー。


お洋服の事、お爪の塗り方、高級ストッキングの選び方… 野育ちのワタクシに一つ一つ、教えて下さった。




イギリス国籍でハワイに移住され、最後に日本の四季の美しさに惹かれ、伊豆に戻って来られた。


それから暫くしてから闘病生活をなさった。

お病気のため左手が動かしにくくなってしまったのだが、一度も愚痴を仰らず、「動く手でケイコにキルトを作っておくわね…」と静かに笑っていらした。


最後のお電話はお元気な声で安心していた。そして、11月にはまた神戸でお会いしましょうと約束していた…

でもその時、既に彼女はもう立ち上がる事も覚束ない状態だったそうだ。



オバちゃま、どうしてなの…


ケニーともお話ししたけれど、エルシーはとてもお洒落な人だったので、壮絶な闘病で疲れた姿を見せたくは無かったのかも知れない。

最後のお別れには行かなかった。


お元気な頃のエルシーを心に留めておきたいと節に思った。

きっとオバちゃまはこの三次元の世界の重い身体を置いて、自由になられたのだ。


とても淋しいけれど、あちらの世界に大切な人々は帰っていかれたので、ワタクシもその日が来るのが全く恐ろしいとは思わなくなった。

あちらに帰ったらまた沢山お話ししたい事があるのよ、エルシー。


6年8ヶ月の闘病、本当にお疲れ様でした。


ゆっくり、ゆっくり、お休みなさって下さい。そして、ケニーをお見守り下さい。


ケイコには夢で会いにいらして下さいね。





still, miss you, mom… so much







2014.09.22 | トラックバック(0) | ダイアリー

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プロフィール

ホクショウケイコ

Author:ホクショウケイコ
KEIKO HOKUSHO Diary

神戸を拠点に活動しているシンガーです。

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